体験記

うつ病が発覚してから。外泊編

退院するという当初の予定とは違いましたが外泊という形で病院を脱出することが出来ました。家に着くまで妻が運転する車の中でなんともいえない安堵感があったの覚えていました。家に着いたのは夕方だったと思います。
早速妻が夕飯を用意してくれました。確か塩ちゃんこ鍋でした。普段食べている味と同じはずなのに「美味しい。美味しい。」と言って食べたのを覚えています。

その日は特に何もせずきちんとお風呂に入ることもでき、きちんと薬も飲んで早く休んで夜もぐっすりと眠ることができました。不思議と胃のムズムズ感も襲ってはきませんでした。

朝になり目覚めたのですが焦燥感が襲ってきました。そうです。外泊は一泊の予定なのでその日の午後には病院に戻らないといけないのです。どういう行動を取っていたかは覚えていませんが妻曰く目が泳いでおり落ち着きがなかったようです。それもそのはずですあの環境には、もう戻りたくないのですから。

妻と今後のことについて話しをしました。ひろしは、退院したい旨を伝えました。妻ははっきりとは言いませんがひろしの様子から入院継続が必要なのではと思っていたようで退院するかは、主治医と相談してからと諭されました。病院に戻る時間が近づくにつれて焦燥感は増すばかりでした。
戻りたくないけど戻らないといけないという心の葛藤と闘っていました。しかし時間は待ってはくれません。ついに病院に戻る時間が来てしまいました。意を決して妻の車に乗り込み病院へ向かいました。車の中では一言は言葉を交わさなかったと思います。

時間通りに病院に着き入院していた病棟に戻りました。するとすぐさま面会室に通されました。その場には主治医と男性の看護師さんが待っていました。席につき怒られるのを覚悟していたのですが主治医は全く怒っている様子はありませんでした。主治医から外泊中の様子を聞かれました。ひろしは、妻が作ってくれたご飯が美味しかったこと、きちんとお風呂にも入って薬も飲んで夜もぐっすり眠れたこと、焦燥感に苛まれたこと、入院が必要なのは分かってはいても入院はしたくないことを包み隠さず話しました。隣に座っていた妻はひろしの話しに頷きながら聞いていました。

すると主治医から思いがけない言葉が返ってきました。それは、「ひろしさんの状態なら入院の必要性はなく、通院でも問題ないレベルです」でした。「不安なら不安に思ってもいい、辛いなら辛いと思ってもいい。それが病気ですから仕方のないことなのです」とも言われました。今までひろしは、そういった感情を抑えよう抑えようと思っていました。そうじゃなくて良いのです。感情を表に出して良いのです。この言葉にどれだけ救われたことか今でもその言葉は忘れられません。妻も主治医の意向に納得してくれて、これにて晴れて退院が決まったのです。

主治医は直ぐに退院の手続きをとってくれました。それとともにある約束をしました。それは絶対に命を絶とうとする行動はしないこと。それをしっかり守ること。後は「ご飯を美味しく食べること」「夜はぐっすり眠ること」「それがうつ病の治療です」「うつ病は骨折のようにすぐ良くなる病気ではないこと。時間をかけてゆっく治す病気です」そう言われました。美味しく、ぐっすりってそれだけでいいのとその時は思いました。

後から聞いた話しですが妻は退院が決まった時には、何か起こって仕方がないと覚悟を決めていたそうです。仕事に行っている間にひろし一人家に残すのですから。

これにて入院期間は3日うち一泊の外泊という超短期の入院生活に幕を閉じるのであります。

たった3日の入院といえどひろしにとっては濃密な時間でした。自分はうつ病であることをやっと自覚することができ、これからどうしていけば良いか指標も示してくれたのですから。ここにくるまで仕事を辞めてから半年かかりました。胃のムズムズ感から始まって、色々な病院で診てもらったり、薬の副作用に悩まされ、今度は薬で気分の浮き沈みがあったり、体重が約20kg減ったりなどと色々なことがありました。今でも断片的ではありますが走馬灯のように蘇ってきます。その様子を常にひろしの側で見守ってくれた妻には感謝してもしきれません。

ただうつ病の治療が始まったに過ぎません。やっとスタートラインに立ったばかりなのです。そこから今に至るまで年単位かかるのです。

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